夜明けは無用
朝はまだこないほうがいい。
君がいないという事実を知る夜明けは、
まだこないほうがいい
スタンは瞼を閉じ、瞼の裏でゆっくりと彼の姿を描いていく。
華奢で美しい。
姿だけではない、その精神や・・・
まるで彼は悲しいほどに純粋なのだ。
絡めた髪の手触りを、触れた頬の滑らかな肌を。
でも、もう。
でも、もう・・・そう頭で言葉を浮かべるたびに、熱に浮かされたように瞳が潤み、ぽたぽたと止まることなく雫が落ちる。
シーツに小さな水玉が、一つ二つとまるで降り始めの雨のように描かれていく。
傍にないことを、なんて愕然に、そうして思う心を弄るのか。
雨ならばいいのに、そうすれば全部流れていってしまう。
何れ雲の合間も見えてくる。
しかし、この空色の瞳はいつまでも水を流すまま。
なんの役にも立たない涙はどんどん清潔なシーツを灰色に染めるように濡らしていく。
儚いほどの青空など見たくない。
このまま、夜が明けなければ。
朝陽に照らされた空っぽの傍らを見ずにすむのに。
夜が明けなければ、朝の挨拶と共に触れる唇が、腕が、不在なことに、その事実に気付かずにすむのに。
夜など明けないほうがいい。
朝になれば、またこの汚れた戦いの日々だ。
夜が明けたこの朝の日に、もしかしたらあの男をこの手で、剣で、その命を突き刺して殺すのかもしれないのに。
夜など明けぬ方がいい。
混沌のような夜空が、脳裏に浮かぶ赤い血を覆ってくれる。朝陽はただ照らし出すだけ、苦悩を隠してはくれない。
朝など来なければいい、夜など明けない方がいい。
本当に失くしてしまうその日なんて、訪れない方がいいのだ。
彼は傍らの無言に徹する相棒である凶器を抱き上げるように持ち上げる。
窓の外には青を覆う混沌の夜空。
夜など明けない方がいい。
朝が来なければいいのに。
そう思い、彼はその剣にゆっくりと頬を当てる。
艶やかな黒髪がくしゃりといった。
朝なんてこなければいい。
朝はまだこなくていい。
君がいないという事実を知る夜明けは、こないほうがいい。
君を殺すその日を始める朝なんて、こないほうがいい。
2007.8.2 end
安里は重要なイベント前はうじうじ寄り道先延ばし派。