#7


 夏が近づいた。
 それはぼくらが出会ってから4回目の夏が訪れる時だった。


 あれから、セバスチャンと出会ってから日々変わったことといえば、屋敷の中の使用人の顔ぶれ少々。
 そしてセバスチャンの身長とぼくとセバスチャンの身長差。

 その差が大きくなるのと比例するように、ぼくらの距離も離れたような気がしてしまう。

 今年に入ってからぼくは父に連れられついに後継者として世間に顔見せに社交場に何度と通い、屋敷にいる時間も少なかった。
 帰ってきたとしても、セバスチャンはいまではしっかりと仕事を任されているらしくあまり顔を合わせてはいない。
 聞くところによるとマイヤー先生と共にヘイヂ討伐の戦いに日々を費やしているらしい。

「やんなっちゃうよね!せっかくセバスチャンと一緒に遊べると思ったのに、セバスチャンはヘイヂを追いかけてばっかりでさ!」
 行儀悪くひじを付いて頬を支え、ぼくは腹立たしさを抑えるように何枚もクッキーを平らげた。
[俺だって好きで追い掛け回されているわけじゃないんだぞ?]
 テーブルにちょこんと座ったヘイヂが笑うように反論する。
 今は閑話休題、セバスチャンはマイヤー先生の修行を受けているらしい。
 なぜだか異様に近頃のセバスチャンはマイヤー先生を師と仰ぎ勤勉に修行に明け暮れている。
「ねえ、ぼくがいない間に一体何があったんだい?前回の遠出の時はちゃんとに玄関で出迎えをしてくれたのに、今回なんか帰ってきてからまだ1度しか顔を見ていないんだよ」
[相変わらずセバスチャンに執心しているようだな]
「悪い?」
[そんなことはない。俺はお前が誰かにそんな風に好意を寄せていることに対して喜んでいるぜ]
 ぼくは、そこまでに不器用な人間だっただろうか?

 ぼくは今年で16歳になり、あの頃より感情に対して律することも晒すこともそれなりに上手に慣れたと思う。
 手に怯えることも、明るい場所では無くなった。
 しかしあの時、ぼくが自覚した思いをいまだにぼくは持て余し、そして自覚することも恐れていた。
 ぼくはデーデマンの後継者だ。

 後継者は、後に継いだあとまた後継者を生み出さねばならない。
 世襲制の嫌なところはここなんだ。ぼくは自由に人を愛することを雁字搦めに拒否されている気がする。
「まったく、なんでぼくは一人っ子なんだろうね。他に兄弟がいれば、僕はこんな風に悩むこともなかたったような気がするよ。」
 ああ、でもだめだ。きっと、いるはずも無いその兄弟達だって、絶対にセバスチャンを好きになる。
 ライバルなんかお呼びでない。

 溜息を一つ。

 その度に、幸福がどこかに消えていってしまうとは本当だろうか。


「ここにいたのか・・・」
 低い響きの美声が、まるで地を這う凄みを持って言った。
「あ。」
[おっ?]
 ぼくとヘイヂが振り向いた先、ドアのを開け放って暗雲を背負った青年が現れた。
 どんなに顔を顰めていたとしても、その美貌は損なわれることは無い。触れたら切れそうな張り詰めた空気はより一層彼を触れ難い存在にしていた。

「セバスチャン!」

 ぼくの嬉々とした呼ぶ声もどこ吹く風。
 彼はつかつかとぼくらのテーブルまで歩いてくると、長い腕をのばしぐわしとヘイヂの頭を鷲掴みにした。
[な、なにをする!?今日の戦いはもう終えたはず!!]
 今日のって・・毎日ノルマでもあるのか・・・。
「お前が日向で優雅に茶を啜れる身分か・・・・・」
 ゴロゴロとまるで雷のような剣呑な声でセバスチャンは鷲掴みしたヘイヂに言う。
「ちょっとセバスチャン。ヘイヂはぼくが誘って一緒に話しをしていたんだよ?」
「そんなことは・・・・っ」
[隙あり!まだまだ青いなセバスチャン!!!!]
 あっという間に、ヘイヂはセバスチャンの拘束から逃れその小さな体でどう動いているのか風のような速さで廊下を駆けて行ってしまった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
 その一瞬の間の後・・。
「ヘイヂ・・」
 ギリっと噛み締める音とともに恨みがましい声色のセバスチャンの声が響いた。
「えーと、まあ。セバスチャン。座りなよ」
「いえ、俺は・・」
「ぼくの話し相手をしてくれてたヘイヂを追い払っちゃったのはセバスチャンでしょ!」
 人差し指をびしっと立ててセバスチャンを見やる。
「人を指差さないようにと、習いませんでしたか?」
 相変わらず、セバスチャンは嫌な顔をしつつもぼくの要望を受け入れてくれる。

「ねえ、セバスチャン。」

「セバスチャンは、どんなことがあってもぼくの傍にいてね。」
 これはとってもずるい言い方だけれど。
「リチャード様?」
 それをセバスチャンだけに望むのはとても愚かなことだ。
 ぼくはいずれ女の人と一緒になり、彼以上にその人を愛してやらなくてはならない。
 セバスチャンだって、もしかしたら誰かを好きになることがあるかもしれない。
 ああ、それを近くで見るのは見せるのはとっても苦しい。
「また貴方は、余計なことを考えているんですね」
 ふんっと鼻で笑い、セバスチャンは自分でお茶を入れて飲んでいる。
「余計なことじゃないよ。ぼくにとっては大事なことなんだ。」


 このあたりの夏の日差しは、他の土地に比べると柔らかいらしい。気温も、他国から来た人たちが驚くほど過ごしやすい。
 しかしぼくは、この夏しか知らない。
 清々しく、風の吹く夏。

「そういえば・・リチャード様にはまだお伝えしていませんでしたが。あちらに向う日付が決まりました。」
「あ・・・そうか。留学の話しだね」
 セバスチャンはぼくの父達から留学の話を持ちかけられていた。
 その土地にある執事学校に留学する本格的にデーデマンを支えるためだと言う。
「ちょうど一ヵ月後になると思います。」
「一ヵ月後・・・・・。早いね」

「ぼく・・・耐えられるかな・・。セバスチャン切れで発狂しそうだよ・・・!」
「何を言ってるんですか。」

 決定は下されているので、変更は出来ない。
 なりより、その執事学校を終えて帰ってきたセバスチャンはどんな意味合いをもってしても、ぼくの傍でぼくのためにいてくれることには変わりはない。
 しかしそれはまたぼくに望まぬ壁を聳え立たせてしまう気がする。

 ぼくは席を立った。
 優雅に腰掛けたままのセバスチャンの前に立ち、ぎゅっと彼を抱きしめてみた。
 セバスチャンは抵抗をしない。
 抵抗しようと思えばとんでもない体格差と体力差があるぼく達だ。簡単に出来てしまうだろうけど、しかしセバスチャンはぼくの自由にさせてくれる。
 ぽすっと胸に頭を預け、感じる鼓動に瞼を閉じた。
 こうしているとゆっくりとセバスチャンのぬくもりが包んでくれることをぼくはすでに知っている。
 ゆっくり回る腕が背中を撫で、何も言わずにいてくれる。

 離れ難い。

 ぼくを抱き返してくれるセバスチャンは、一体どんな顔をしているんだろう。
 見るのは恐いけど、少しは緩んだ顔をしてくれないかなーと思ってしまうのはダメだろうか。



    2007.5.20
     16歳デーと19歳セバご登場。
     またも甘い感じ(笑)
     しかしまだあくまでセバ←デーなんですがね、でもセバもそこまで嫌がってはいない
     それなりの好意は感じてます。
     さて、のんびり幸せを噛み締めた(そうか?)後には、嵐がきます。(笑顔)
     


novel