#3


 午後。
 午前にセバスチャンと並びマイヤー先生による授業の時間を終えた後、ぼくは両親と祖母と、セバスチャンは使用人用の部屋で昼食を取り、その後ぼくとセバスチャンは父に連れられて二人で共に行くのは初めての外出をしていた。

 馬車で向かうその場所は街の中心、上流の方々御用達の仕立て屋らしい。
 本格的に冷え込んできたからと新しいコートなどを買いに行くと父が言っていた。

 ぼくの横には無表情セバスチャンが座り、目の前にはるんるんの父。ぼくとセバスチャンはどちらも成長期の真っ只中で、父は嬉々として新しい服を着せたいらしく朝からうざったいほどに舞い上がっていた。
 本心はきっと着飾ったセバスチャンを見たいのだろう。

 ぼくの隣に座るセバスチャンは父のその陽気に当てられたのか、心なしか疲労を感じさせる顔色をしている。
 思えば僕も慣れてきたものだ。
 他から見ればいつもと変わらない無表情に見えるだろうセバスチャンの表情をなんとなくわかるようになってきたような気がする。と言っても今のセバスチャンは誰から見ても疲労しているように見えるだろうけど。
「おや、セバスチャン。馬車に酔ったのかね?」
 父が首を伸ばしてセバスチャンの俯いた顔を覗き込んだ。
「・・・・・・。」


 馬車が店の前に止まると、入り口には既に店長らしき男性と数人の店員が控えていた。
 ぼくらが馬車を降りるとすぐに父に挨拶に来た店長と父はその延長で談笑に、ぼくとセバスチャンはまずは数人の店員に連れられメジャーで体のサイズを測られた。
 この前買ったときよりも二人とも数センチ伸びていたが、ぼくに比べてセバスチャンの成長スピードはすさまじい。そういえばセバスチャンと話しとき、出会った頃よりもなんとなく目線を上に上げているような気がする。ほんの少し悔しい事実を発見してしまった。
 父も母もどちらかと言うと平均以上の背丈をしているのに、ぼくは一体誰に似たんだろうか・・・。

 メジャーを持った女性が「もういいですよ」とぼくから退いた。隣りのほうのセバスチャンを見るとあちらもどうやら終わったようで、セバスチャンの体躯を測っていた男性がメジャーを手に巻いて片付けているところだった。
「ふむ、二人とも大きくなったようでなりよりだ!」
 父は嬉しそうににかっと笑い、その姿にぼくは父の背後に能天気の花が咲いている幻想が見えた。
「ところでセバスチャン、ちょっとこれを着てみてもらえないかね?」
 嬉々とした父の後ろには濃紺の衣装を持った店長が控えている。心なしかみんなの瞳が父の様に輝いている。もちろんぼくも、着飾ったセバスチャンを見てみたいのだし、不機嫌そうなセバスチャンの目線を感じたがそれはすっぱりと無視させてもらった。
「俺よりも、若様に選んだほうが良いのではないですか?」
「何を言う!」
「そうだよ!セバスチャン!」

「「セバスチャンの着飾った姿を見れるのは至高なんだ!!!!(息子・ぼく)なんか二の次だ!!」」

 親子で力瘤を握りセバスチャンに訴えた瞬間、ぼくは父との血のつながりをひしひしと感じた。だけど断じて男色ではない・・と思う。
「親としてそんなことでいいのですか」
 溜息をつきこちらを見つめたセバスチャンのその目は、明らかに怒気が渦巻き変な光を放っていた。

 セバスチャンの着替えを待つ間、ぼくは店の応接用の革のソファーに座り、優雅にお茶を楽しんでいた。
 砂糖を塗したパイ生地のクッキーをさくさく平らげ、試着室のドアにべったりとくっついてまるで発狂したようにセバスチャンに愛の言葉を囁く父を見た。
「セバスチャン!!!さあ、麗しいその姿を私に見せておくれ!!!!!そしてこの胸に!!!」

「なかなかの力の入れ具合ですね、」
 ふいに横から声をかけられて、ぼくはそちらに振り向いた。
「君は・・」
「ツェルニーと呼んで下さい。デーデマンの若様。」
 にっこりと笑ったのは先程セバスチャンのサイズを測っていた男だった。
 後ろに撫でた重みのある輝きの金髪と湖面のような碧の瞳が印象的な笑顔の似合う大人の男だった。身なりにも卒が無く、とても好感を懐ける。
 なにより、あの父の奇行を見て笑顔をくずしていない。ぼくは微かに尊敬の念を懐いた。
「退屈ではありませんか?」
「大丈夫だよ。こんなことには慣れているし、セバスチャンの艶姿はぼくも見たいんだ。」
「彼はとても好かれているのですね。」
 ぼくは笑顔で頷いた。
「セバスチャンはみんなの人気者だもの」

 いつの間にか、セバスチャンは屋敷にとても馴染んでいた。
 メイドたちは楽しげに彼のことを話しているし、よく仕事を手伝っているのか使用人の誰もがセバスチャンに好感を懐いている。
「貴方も、彼がとても好きなのですね」
「・・・もちろん!」
 どうだろうか。
 たしかに、ぼくだってセバスチャンのことが好きだ。
 でも、それを考えているといつも良くわからない方向に考えが行くし、時々無償に息苦しい。考えてみれば彼との会話もあまり続かないし、ぼくばかりが話している。接するのもいつもぼくから。


 結局、一方通行な思いなんだろう。彼と、友達にはなれないのだろうか。


 ドアの開閉の音と共に、息の呑む空気を感じた。
 セバスチャンが着替えを終え試着室から出て来たらしい。

 父の黄色い奇声(気持ち悪い)が響く先を、ぼくも見つめた。
「あ・・」
「素晴しいですね」
 ツェルニーさんの感嘆とした声を聞きながら、ぼくは声も出せずにセバスチャンを見つめた。

 いつもはただ梳かすだけの黒髪を、後ろに優しく流していた。額が露わになり、いつも前髪に隠れて翳っている美貌が今は強烈に印象付けられている。
 もう華奢な少年ではなくしっかりとした青年の体つきをしているセバスチャンにスマートな紺の仕立てのいいスーツはまるでセバスチャンのために誂えた様にとても良く似合っていた。
 すっと伸びた背筋、少し気怠げな目線。彼こそ、上流貴族の子息の様に見えてしまう。

「すごい、かっこいい」
 ぼくの呟きにツェルニーさんはにこやかに頷き、そしてぼくの顔を見ておや、と首をかしげた。
「若様、ほっぺに菓子の欠片が付いていますよ」
 ツェルニーさんが少しおかしそうに笑い言った。
「え?」
 自分の頬を手で触って確かめてみるが手には肌の感触しか感じない。
「ど、どこだ・・??」
「若様、よろしければ私がお取りしましょう」
「あ、うん」
 ぼくの返事に、ツェルニーさんが頷きぼくの頬に手を伸ばす。
 ぼくはそれを無言でそれを眺めていた。視界の隅、横から現れる手。近づく、大人の、大きな手。

 指・・・が。


「あ、」




 暗い、部屋。大きな手。大人の、大きな手のひら。暗い狭い部屋。黒い。


 イヤだ。



    2007.5.10
     美形の描写ってどうやるんでしょうかね・・・
     無理やり進展!進展!


novel