#14
「私の、妹だと。」
「私の愛する彼女を、私の妹を、何もかもを。」
静かな、低いジルベールの声が部屋に響いた。
小さな声が、しかし誰の耳にも強烈に轟く。
ゲゼルは黙り、セバスチャンは何かを察したのかぼくをその広い背に隠した。
「セバスチャン・・・」
不安に満ちたぼくの声を聞いても、彼はジルベールの背を睨み表情は酷く張り詰めていた。
「やはり、奪ったのではないか・・・・・」
震えるほどの動揺、低く響くジルベールの声が静かにぼくらの鼓膜を震わす。
「デーデマン、何をも奪っているじゃないか」
ジルベールがゆっくりと振り返る。
その顔はどうだろう、無くした顔。手にするそれが滑り落ち、打ちのめされた顔をしている。
復讐も、何も、全ては地に落ち流され離れる。
深い瞳はゲゼル、セバスチャン、そしてぼくを見て、深い深い闇を見せる。
「俺は、もうローゼを奪われたとは思っていないぜ」
「なんだと・・・・・?お前はローゼマリーの兄なのだろう?」
「俺はお前より色んなものを憎んできたぜ?だからわかる。俺はデーデマンを憎んでなんていなかった。むしろ憎むべきは自分と、・・・・・お前達」
そういってゲゼルはからからと笑いながらジルベールを見やる。
「ローゼを奪ったお前達。最初は捨てて、何年も放置していたくせに、あの子の気高さを知って掌返しやがって。あんたの父親は、ローゼの美貌を売り物にしようと奪っていった。」
「・・・・・・。」
朗々と語る、ゲゼルの瞳に蹴落とされたようにジルベールは微かな怯えを見せ彼を見つめる。
ぼくはその場の冷えた、しかし奥底にたぎる空気に耐えることができず、セバスチャンの背に必死にしがみついた。
「しかし誤算だったのは、ローゼの虚弱さ。それと、お前がローゼに抱いた想いだったろうな。」
「ここは、俺は嫌いだ。」
そう言ってゲゼルは辺りを見回す。
「ここで、あの子が死んだんだろ。こんな森の奥深くの暗い場所で」
ゆっくりと、ガラス戸から背を離し、ゆっくりと光源に向って歩く。
心もとない蝋燭の炎も、数本纏まればそれは多きな炎だ。
赤く照らされ出たそのゲゼルの顔が、ローゼマリーの肖像画を見上げる。
ゲゼルはジルベールの横までゆっくり歩き、僕らは息を詰めてそれを見つめた。
「それも、終わりだ。」
そうだろう?
「俺はこれまで憎しみの連鎖をぐるぐる回ってばかりだった。あんた達みたいに恵まれた生まれではなかったからな。」
焼き付けるように。彼女を見つめ、ゲゼルは目を細める。
「俺は、出口を見つけたぜ。あんたらに会ってそれを見つけた」
揺れる蝋燭の小さな火は、ゲゼルの手を離れ絨毯を走る、彼を火種にそれは瞬く間に照らし出す、そして灰に変える。
「お前、なんてことを・・・・・!」
「リチャード様、脱出します」
燃え広がる炎を唖然と見つめていたぼくをセバスチャンが乱暴にひっつかむ。
「うわっ」
「待て!!!!」
ジルベールの激昂と同時に耳が痺れるほどの発砲音を聞いた。
「逃がすものか・・・デーデマン」
肩で息をしながら、ジルベールが銀に輝く拳銃をこちらに向けていた。
炎を背に、彼は美しい髪を振り乱し、悪鬼の如くぼくらを睨み付けている。また、銃声が・・・・その瞬間に焼けるような痛みを感じ、肌を新たに流れた出血で銃弾が左腹部を掠ったのを知った。
「っあ・・・」
「リチャード様・・!」
ぼくを支えるセバスチャンの右腕にも・・・鮮血が。
さっきまでなかったそれはぼくを掠ったものと同じ銃弾で傷つけられたのだろう。
「お前もここで死ね!彼女が死んだこの場所で、お前もココで息絶えるがいい、この業火に焼かれながら・・・!」
「ふざけるな!」
狂ったように笑い出すジルベールに、ゲゼルが勢い良く殴りかかる。
二人をよそにセバスチャンはぼくを抱き上げる。
「行きますよ、ここに用はない」
「でも・・・」
「この屋敷はもう持たない・・!」
言葉と共に、セバスチャンが部屋の出口に駆け出した。
ドアから覗く長い廊下もいつの間にか火が伝い灼熱の回廊と化していた。
揺れるセバスチャンに僕は必死にしがみつき、その肩越しに後ろを見やる。
どんどん遠のく、その奥の壁。
絢爛と飾られたその額の中。
妖精のような愛らしさ、華奢な少女は額縁の中。
印象的に、記憶に焼き付けるように。
ぼくらの目に晒されるそれは。
彼女は何も知らず、ただただ微笑む。
このまま灰になるであろう火の海の中で。
優しげに、しかし婉然に。
2007.6.28
火の海から脱出。
最初は救出にやってきたヘイヂが屋敷を破壊し始め
対抗したゲゼルが「あー俺も」と火を放つとか考えてましたが悩んだ末やめました。(何考えてんだ!)
あと1・2話で終わります。てかもう終わりたい・・・(疲労)