ぼくは彼が好き。

 いつからなんてことは関係ない。
 その思いの質を推し量ることも論外だ。

 ただぼくは、彼が好き。

 それが一番重要なことなのだと思うのだ。




 久しぶりに早く起きた朝。
 体は鈍く重いが、思考もなんだかぼんやりしている。
 しかし時計は早朝を針で示し、しばらくすれば快晴な朝の陽気が訪れるだろう。
 まだ肌寒い時間帯にデーデマンは驚き、ふわふわの羽毛布団の中でゆっくりと丸まった。
 ごろごろとベッドの中を泳ぐように動くといつの間にかシーツと枕に揉まれ擦れナイトキャップが脱げていた。

 布団から時々顔をだしてはベッドの近くの窓から空の色をうかがい、その色の濃さに自分の心までも濃紺に染められるような気さえしてしまう。
 いつもの様に、深夜にセバスチャンの私室に忍び込んでしまえばよかった。
 朝を待つのがこんなにつまらないことを今までデーデマンは忘れていた。
 安らかな眠りにばかり慣れすぎてしまい、一人で眠ることの孤独をどこか心の片隅にも置くことを忘れていたのだ。
「あーーー、暇だなぁ・・」
 大の字に寝転がり天井を見つめ呟き、デーデマンはもう一度眠れないものかと瞼を閉じた。
「おや、暇なのかい?」
「・・・・・・・。」
 ベッドの横、デーデマンの枕元に見知った人影が立っていた。
 いくら神出鬼没とは言えこんな時刻までそのスタンスで行動しなくてもいいだろうに。
「ユーゼフ・・」
「やあデーデマン、今日は早いのだね」
「なんか目が覚めちゃってね、君も相変わらずだねえ」
 いい加減起き上がりユーゼフを見上げた。
 ユーゼフは普段と変わらぬ笑みを浮かべ、早朝にも関わらずその身なりも完璧だ。時間と言うものを感じさせない彼はデーデマンの隣りに優雅に腰掛け、デーデマンをじっと見つめる。
「な、なんだよ・・・」
 視線に耐えられないデーデマンがじり・・とユーゼフからわずかに遠ざかる。
「君、近頃普段と違うものを感じるねえ」
「ぼくは至って普通だと思うけど。」
「相変わらず自分のことにはてんで無関心なんだね君は。きっとそろそろセバスチャンも気付く頃なんじゃないかな?」
 やれやれとユーゼフは息を吐く。
「なんでセバスチャンのほうが遅いのさ」
「それはもちろん、年の功だよ」

 だからお前は何歳なんだ!!

 今更な心の叫びを押し込め、デーデマンもあやふやに笑っておく。
「おや、どうしたんだい?顔が強ばっているようだけど?」
「い、いや。それより、なんだって君はこんな時間に!?」
「ああ、朝の散歩だよ。」
「早朝過ぎる!まだ夜明け前!しかもなんだってぼくの部屋に!」
「だって君寂しがってたろう?」
 なに?
「慰めに来たって言うのに、冷たい子だねえ」
「寂しいって・・」
 言葉が、出なかった。
 否定することも、肯定することも出来ずにデーデマンは笑みを浮かべたままのユーゼフを見つめ、口をぱくぱくと動かすばかりだ。
 寂しい。
 昔から捨て去ることが出来ない感情だ。
 いつもは忘れているのに、ふとした瞬間にまるで吹き荒れるようにデーデマンの心を侵し、すべての感触を持ち去ってしまう。
「そんなふうになるほどなのなら、さっさと行ってしまえばいいんだよ」
 ユーゼフは諭すように言い、デーデマンの髪をまるで子供を慈しむように弄ぶ。
「いつまでも子ども扱いなのかい?」
「赤ん坊の頃から知っているからね。で、ところで、」
「ん?」
「セバスチャンのことだけど、」
「セバスチャン!?」
「おや、どうしたんだい?」
 動揺を見せたデーデマンを見つめユーゼフはそれは楽しそうに笑う。
「そんなにわかりやすい反応をするのに、君はまだわからない振りでもするのかい?」
 なんだろうか。
 この男は。
 自分も見えない奥底を透かして見られてしまう。隠そうか、そう迷うことも許さずに白日の下に晒されてしまう。
「僕は君こそそうだと思うこともあるのだけどね」
「だから勝手に心の声を聞くな。返事を寄越すな」
「好きなんだろう?」
「そりゃね、誰だってみーんなセバスチャンを好きになるさ」
「君は20にもなってまだそんなことを言っているのかい」
 
「デーデマン、君が途惑うのもわかるよ?君はまるで愛情を表すことに不得手すぎるね。もっと自分や他のものに対して大らかになったらどうだい?」
「君は非常識に大らか過ぎるよ」
「キスの一つでも強請ればいい。」
「何言って・・・!」

 耳朶に熱がのぼるのを感じた。
 そう言った観点を見ようとすることは今まで一度も無く、突きつけられた新たな視点にデーデマンは内心慌てふためく。そんな物に対する自分の狼狽にさえまた狼狽し、それらを自分に見せるユーゼフをにらむことしか出来ない。
 望んでいるのか。

「簡単さ、ただ口と口とを重ねれば良いだけのことだろう?行為自体に僕は何の関心もないけれど、それによって生まれるものはあるはずだろう?君にはそれが必要なんだよ。」
 さらりと、ユーゼフは言葉でデーデマンの内心を波立たせる。
「20にもなってそんなことを言い立てても仕方が無いだろ?」
「20になっても、それが言えないことはやはり子供だよデーデマン。」
 そう言ってユーゼフはやはり優雅に立ち上がり、ゆっくりとこちらを向く。優しげにデーデマンを撫で、その瞼に小さく軽い感触で唇を落とした。
「さあ、そろそろ朝だよ。」
 にっこり笑い、そのまま彼はデーデマンの部屋を退室していく。
「な、なんだったんだよ・・・」



「旦那様、朝ですよ。起きてください」
 セバスチャンが毛布の上から体を緩くゆすった。
「んー」
 唸りながら薄く瞼を押し上げた視界で見えたものは、開け放たれた窓と揺れるカーテン。柔らかな朝陽が差し込む部屋に、そして至近距離のセバスチャンの端整な顔。
「キスしてくれたら、起きる」
 意を決して発した言葉に、彼は微かに笑んで。
 ゆっくりとしなやかな身を屈めた。
 触れるそのぬくもりと感触に、新鮮で、満たされるものを感じた。


    2007.5.3 了
     大人なユーゼフとまだ人との距離に不器用なデーデマン
     そして出番がなかなか来ないセバスチャン
     そんなセバデー小説(?)
     デーデマンがいつから家を継いでるのかわからないので
     二十歳だけど継いじゃった捏造




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