曇り空だが清々しい夕方前の時間だった。

短縮授業だったため、だらだらと歩く同じ制服の少年少女の姿がちらほら見える。
三谷亘は足早に彼らを追い抜くように走った。
鞄の中でがしゃんと音がしたが気にしなかった。
息を切らし、走っても探しているものが見つかることは無いと亘は知っていた。


ふわりとした、柔らかそうで艶やかな髪をしたあの少年。
冷えたあの表情、微笑んだ綺麗な顔。



見つかったとしてもそれはすでに自分の見知った者ではないことも知っていた。

わかっていた。




辿り着いたのはいつかの神社のベンチの前だった。
誰も座っていないその薄汚れたイスを亘は肩で息をしながら見下ろした。

当時小学生だった亘はこのベンチに座り冷えた炭酸を飲んだ。
隣りに座った少年が差し出した缶ジュースは火照った身を爽やかに冷やして、高揚した気分を落ち着かせてくれた。

隣りで喉を鳴らしているのを聞いた。
傷に炭酸の刺激が強すぎて小さく声を上げたのも聞いた。



なぜこんなところに来たのか、亘自身も良く分からなかった。
ただ昔から時々断片的に繋がった夢を見た。それは見知らぬ世界で、見知らぬ人々や見たこともない生き物たちが暮らしていた。

夢の中、いつも心のどこかに陰を落として立っているのは寂しげな顔をした少年だった。
友達ではない、でもどこか親しげな感じがして他人といった感じでもない綺麗な顔立ちの少年。

きゅっと瞼を閉じると、見えてくるものはあやふやな状況ばかりでそしてそれは酷く苦しいものだった。
立ちくらみのようなものを感じて亘はそのベンチに力なく腰掛けた。
ふと見上げた空はいつの間にか目に眩しい青で、分厚い白い雲がゆっくりと移動していた。
そろそろ夏が近づいてきているのか心地よい温かい風が前髪を揺らした。
しっとりとした黒髪はまだ一度も染められたことはなく艶々としている。

ふと亘の足元に影が差した。

「なあ、生きてるか?」
「え?」
「いや、さっきからちっとも動かないから。」

静かな声に亘は目を丸くして頭上を仰ぐ。
自分を見下げている大人びた風の少年がいた。
背は亘よりも高そうだ。細長い腕の片方をを腰に当て、もう片方は額を拭っていた。
柔らかそうな淡い色の髪が汗に濡れてしっとりと額や頬に張り付いていた。


「ちょっと、立ちくらみしただけだから。気にしないでいいよ」
「隣り、いいか?」
「え、いいけど・・・」
「どーも」

亘の返答と同時に少年が亘の座るベンチの反対側の端へ軽く腰掛ける。

「俺、今日引っ越してきたんだ」
「へえ」
「小学生の時に少しだけこの辺に住んでたんだ。あんまり覚えてないんいんだけどさ、」
「うん」
「時々ふと思い出す場所が少しだけあるんだ。この神社のベンチも、なんとなく覚えてる場所のひとつなんだ」

そう笑って少年は手を後ろに付き空を仰いだ。
すっきりとした横顔は清々しく眩しそうに(それとも懐かしそうに)目を細めて空を見上げていた。
風に柔らかそうな髪がそよぐ。

亘はそれを不思議な心持ちで見つめていた。

彼に似た人を、知っている気がする。


end

どっちも記憶を失っている(というよりうろ覚え?)バージョン
もりあがりなんてものは、ない(あわわわ
多分そのうち続きを書きます
20080630