どうせなら全てこのまま砂塵に飲み込まれてしまえばいい。 ばさばさと強風に揺れる赤い髪の隙間から眺める世界に、そう思ってしまった。 なあ、神様、 なあ、ローレライ どうせなら全てを放棄してしまいたいという思いはあまりにも我侭なのだろうか。 様々なアクシデントに阻まれながらもやっとバチカルを出ることが出来た。 ルークは自分の前方に見えるお荷物達の背中を軽く睨んだ。 彼等と会ってからろくなことがない。 そもそもきっかけが最悪だ。聖女の子孫による王族の誘拐。 その被害者である自分がここまで蔑ろにされていいものか。 たしかに自分は馬鹿だった、あまりに愚かだったとルークは先の短い旅の中で学んだ。 しかし全てが己の所為だったのか、と自問してみればそれは否。 あまりにルークは世間知らずであっても柔軟に学ぶことができた。 それだけ初めて見た世界は鮮やかに様々なもの満ちていた。 狭い空を見上げながら、小さな部屋に押し込まれながら。 仕事以上のことをしない冷ややかな人間に囲まれながら、それでもかつてのルークは広い世界に夢見ていた。 絵本で呼んだ夢のような美しい世界、絆、温もり。 しかし夢は夢でしかなかったのかと絶望した。 外界へ飛び出すきっかけは、無礼な襲撃者による誘拐。 右も左もなにも分からないルークに向けられたのは犯罪者による傲慢な言葉ばかりだった。 正しいように耳障りの言い、甘い、言葉。 しかしそれは砂糖漬けにされた無意識な悪意なんじゃないかと今では思う。 ルークは視線を掌に落とした。 白い手。 自分で言うのも情けないが苦労を知らないたおやかな手だと思う。 爪の先まで綺麗に磨かれていた手は、いつの間にか柔らかな掌は血豆が出来て潰れ、それを繰り返し少し硬くなった。 それだけじゃない。 拭っても拭っても取れない。 こびり付いた血。 「俺が外に出てしたかったことって、こんなことだったのかな」 たしかに、ルークはあの籠の中で傲慢に、怠惰に生きてきた。 顔を上げてみると、見えていたはずの背中は消えていた。 どうやら考え事をしていた所為で歩みが遅れたらしい。 親善大使を置いてくなよ、と小さく毒づいてまた絶望した。 どうやら同行者はルークを守るつもりはないのだろう。 ならこの視界の悪い砂漠の中だ、いつ外敵に襲われるか分からない。 ヴァンにままごとのような剣術しか教わらなかったルークには気配を読むなどと言う芸当が出来る訳もない。 襲われた場合すぐに対抗できるようにとルークは剣を抜いた。 血塗れのルークがオアシスにたどり着いたのは日も落ちた頃だった。 返り血や魔物や盗賊によって負わされた傷の所為で、赤い髪も今は赤黒く艶やかさを失っていた。 途中回復のグミも底をつき、小さな傷が体中に残されたままでじぐじぐと苛んだ。 「あ、あんた!大丈夫か!?」 遠くで声が聞こえる、と思ったが、それはどうやらあまりに近い場所だったらしい。 オアシスの住人達が駆け寄ってきて倒れこみそうになったルークを抱えた。 「こんな時間に一人でこの砂漠を越えてきたのかい!」 満身創痍なルークに驚きながら住人の一人がルークに外套を掛けた。 日が暮れた砂漠は昼とあまりに温度差がありすぎる、ルーク自身は気づかなかったが凍えて小刻みに震えていたらしい。 「仲間に、置いてかれた、から」 途切れた言葉を聞いて、住人達は顔をしかめた。 世情から離れた砂漠のオアシスで生活している彼らから見ても、ルークの身なりが上等以上であることははっきりと知ることが出来る。 しかも彼がやって来た方向は王都のある位置、国の中枢に近い人物なのではないか?と悟る。 体力の限界を疾うに超し、立つ事も出来ないルークをオアシスの長の家まで運び、住人達はその姿に愕然とした。 貴重な水で拭った血に隠されていたのは見事な赤い髪だった。 今はごわごわと潤いを失ったその髪は細く柔らかで、普段ならば誰もが振り返るほどに見事なものだろう。 そして、緑柱石を映し込んだような美しい緑眼。 それは紛う事無き王族の証だった。 騒ぎ出しそうになった住人達をルークは力ない動作で止めた。 「悪いけど、俺がここに居る事は外に出さないでくれ。多分、俺の連れもここに来ているはずだから」 王族を夜の砂漠に一人置き去りにした。 つまりそれは罪人。 「悪いけど朝になったらケセドニアのキムラスカ領事館へ誰か行ってくれよ。この釦を持って行けば事情は分かってもらえると思うから」 ルークが差し出した釦は一見シンプルに見えるが美しい金縁の公爵家の家紋が刻印された物だった。 ケセドニアへ向かう男がそれを震える手で恭しく受け取る。 「俺の名前は、ルーク・フォン・ファブレ。内密に救助を要請すると伝えてくれ」 鮮やかに朽ちゆく 初めての鮮やかな視界には絶望ばかり とりあえず非常識PTから脱出! 続きありますよ 20090114 novel |