五章 だって僕らは旅の途中で


 抱きこまれた。
 誰にってリオンにだ。

 目覚めた瞬間これなのかと、スタンは変な顔で苦笑いした。
 変な顔にもなるだろう。
 嬉しすぎて涙が出てきた。


 ゆがんだ笑顔だが、それはリオンにとってはこの上なく嬉しいものだった。
 あの時、かつての仲間達に剣を向けた瞬間から覚悟していたのだ。
 そして戒めていた。
 彼らと共にいない限り、スタンの笑顔を見ない限り自分自身笑うことはできないと。


「僕の名を呼べ。」
 リオンの目覚めてからの第一声はこれだった。
 スタンの名を呼ぶとか、再会した喜びを語るとか、もっとほかにあるだろうとスタンは心の中で毒づいたが、抱き込まれたまま胸の中から目線を上に上げれば、ひどく難しい心うちを反映したような紫の瞳を見つめた。
 猫のようなその瞳が、ひどく切なそうに揺れていて。その瞳はスタンを真剣に見つめているのだ。
 その渇望した色にスタンはひどく安堵した。
 自分とともにいるときのかつてのリオンの瞳そのままで、スタンは小さく息を吐いた。

「リオン」

 リオン・・・。
 ゆっくりと、口の中で噛み砕くように声を発していた。
 その瞬間にスタンを抱きしめる細い腕の何処から出てきているのか、力は増し。紫の瞳は満足そうに細められていた。
 スタンも少年の体に腕を回す。
 あの頃よりも小さく、細く感じるリオンの体。
 そう感じるのは時のせいだろうか。
 そうスタンがリオンに告げると、また鍛えなおさなければいけないなと、苦笑いしながら言った。
 顔をしかめながら言った言葉だったが、しかしリオンのどこかにスタンは成長を感じた。
 姿かたちは何も変わっていないが、しかし、その精神はあの頃から成長を遂げている。
 まるで自分よりも大人のような顔をする。
 スタンは可憐な美貌そのままの痩身の少年を見つめた。

 自分も、リオンも、ずっとこのままで居られればいいのに。
 スタンはそう思い、そして自己嫌悪の溜め息をついた。

 自分達の周りは多くのものに囲まれているのに、何故こんなにも自分はちっぽけなままなんだろう。
 仲間が居て、今ここにリオンが帰ってきて目覚めて、なのに自分はリオンの自由を思うよりもまず先に抱き締めあったまま時なんて止まってしまえばいいと思った。

 最低で。
 駄目な人間過ぎて、また今度は、自分はリオンからさえも逃げてしまうんじゃないのか?
 自分自身の醜さに、体が震えだす。

 リオンに・・・伝わってしまう・・・。

「どうした?」
 リオンが紫の瞳を細め、スタンを見つめていた。
 悟っているのかもしれない。自分の全て、まるで裸のまま彼の前に立ち尽くしているような感じだ。その心の全てを、奥底も裏も何もかも暴かれたような気分になった。
 それがいい。
「なあ、リオン」
 少年の薄い胸にスタンは自分の頬を押し付けた。それは幼い少年が兄に縋りつくようにも見えた。
「スタン?」
「俺の全てを知る人になって。どんなに醜い姿も、汚い本性とか、全部つかんでいて。俺に縋らせて・・・そうしないと、」
 青い瞳は揺れていた。
「今度はお前からさえも、逃げてしまいそうになるんだ。」

「それは、許さない。」
 リオンの紫の瞳は揺るがない。何も変化のないように見える瞳のその奥で、黒い炎がちらちらと燃えているのが見える。
「僕から逃げることなど、許さない」

 何処から出ているのか、不思議なくらいの力でリオンの細腕がスタンの手首を掴み上げ、
 寝台の白いシーツに縫い付けるように押しつける。
「逃げられると、思っているのか?スタン・・・」

 漆黒の髪がぱさりと揺れた。
 スタンは覆いかぶさってくるリオンの幼さを残すが冷ややかな美貌を見つめ、安堵の息をつきながら唇を許す。
 触れ合ったまま、動かずに、そしてまた涙がこぼれた。
 一滴がつぅっと流れ、シーツに広がる金の髪をも濡らした。

「思ってないよ。」
 瞳を閉じ、青が隠れる。金の睫毛は涙に濡れていて、そして細かく震える。
「お前から離れられるなんて、思えるわけがないよ。」
 スタンの唇は穏やかな笑みを形取り、それを見てリオンも微かに笑う。上体をかがめ、金の髪に優しく口付ける。そしてそのまま、額へ、瞼へ、鼻筋頬、唇、顎首筋・・・音も立てずに優しくすべるように口付けてゆく。
 そのままリオンはスタンの首筋辺りで止まり、顔を埋めえる。すぅと息を吸い、強くそのまま抱きしめた。スタンも拘束のとけた腕をそのままリオンの背に回し、優しく、しかししっかりとその体を抱きしめた。
「愛してる」
 呟かれた言葉はどちらが言った言葉だったのだろうか。
 どっちでも良い、言葉に出していようが無かろうが、思いは、その時重なり、同じものだったのだから。






「ほら、だから言ったじゃない。」
 いつの間にか部屋のドアを開けていたルーティが優しく言った。
「あんたしか、出来ないって。そして先はあるはずだって。」

「おかえり、リオン」

 白い朝日が、差し込む。
 抱き合ったまま微動だにしない彼らがまどろむ頃、かつての仲間は、微笑み、泣き、そして慈愛の目で彼らを見つめ、そして静かに部屋を出た。
 お互いしか目に入らない二人は気付かない。
 しかし、感じていた。

 穏やかで暖かな空気を。
 喜びの言葉を。

 全てが愛しく感じるこの時間を。




   意味不明な終わり方・・
   最後まで読んでくれてありがとうございました。

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