「旦那様、朝ですよ。起きてください。」

 セバスチャンのその声で、僕の一日は始まる。

 投げやりに、そして横暴に僕は甘美なベッドからセバスチャンの手で叩き出されて寝ぼけてふらふらしているうちに顔を洗われ歯を磨かれ、着替えも済まされてしまう。
 感服だ。
 僕の寝起きの悪さは自他共に認められるほど最悪なものだと思われるが、さすがフラン○フルト最強の男。華麗な美技だ。
「寝言はいい加減にしろ」
「あ、つい声に・・・」
 廊下を引きずられるように歩いていたのだが独り言を聞き咎められた瞬間にぐわんと視界が上に上がった。
 襟が首にめり込む。
「なにさ、セバスチャン」
「猫掴み・・・・か?」
 聞きたいのはこっちなんだけど・・・。

 そのままの体勢で僕たちは食堂まで行き、僕はぞんざいに椅子におろされた。

「・・・・・・・・。愛が足りない・・・・」
 軽く打ちつけられた背中とお尻を擦りながら小さく呟くとそれを漏らさず聞いたセバスチャンがくつりと笑った。








「しっかし、最近のセバスチャンはまた旦那様にそっけないような気がしないか?」
 休憩室にて、まったりとお茶の一時を過していた使用人ズはBの呟きにおおっ・・とざわめいた。
「おお!たしかに!」
 やはりと言うか、一番最初にその会話に食いついたのはAだった。
「前にも一時期そんな時もあったわねー。」
 あの時はあまりのそっけなさに旦那様ったらいじけて二頭身になってたわね、とツネッテは頬杖をかきながらサクサクのパイ生地のクッキーを食べた。
「ハニーお得意の放置プレイって奴か」
「お得意・・・なんですか?ってツネッテ、瞳を輝かせるな。」
 訳知り顔のコック、デイビッドの言葉にBは嫌な事聞いてしまった・・・と微かに顔を顰めてみせる。ついでに放置プレイとデイビッドの口から呟かれた瞬間になにやら巡らせ、輝いた表情のツネッテを諌める。
「やっぱり、ここのところセバスチャン冷たいよね・・・」
 どこからとも無く呟かれた言葉は、部屋の片隅。
 ばっと一斉に彼らが振り向いた先にはこちらに背を向けて体育座りをする小さな背中が。






「だ、旦那様・・・?いつからそこに・・・・」
「・・・・・・。さっきからずっとここに居たんだけどね・・・」
 気まずいのか震えた声で問いかけてくるツネッテに小さく返答し、僕はゆっくりと立ち上がった。
「まあ、旦那様コーヒーでも飲むか?」
 場を取り成すようなデイビッドに僕は頷いて空けられた席に着き白いカップを受け取った。
 砂糖を三つ、ミルクたっぷりのむしろカフェオレと名を改めろコーヒーに僕はそっと口を付けて同じテーブルを囲む使用人達を見回した。
 僕の知る限り屋敷の主人は使用人と共に卓を囲むことはしない。
 しかしなぜか我が家は違い、幼い頃から僕は彼らと親しくしていたし親も気さくに接していた。
「で、旦那様は心当たりはないのか?」
「へ?」
「ハニーの放置プレイさ」
「ほ、放置、プレイ?」
 プレイ!?プレイの所為なのか!?僕が今こんな寂しくしているのは一種のプレイなのか・・・!?
 混乱で頭がくらくらしてくる。
「なんだか前以上に重症みたいですねー」
 のんびりと言われたA君の言葉に僕は両手の力が抜けていってしまう。手から滑り落ちたカップを、大きな手が受け止める。
「まったく、進展の無い。こうなったらこちらからも何かしらの策を立てたほうがいいんじゃないかい?」
 僕の真横から聞こえてきた声に、僕も含め皆一斉にそちらをものすごい勢いで見る。
 そこには長年の隣人ユーゼフが。
 あ、B君がデイビッドの背後にまるで瞬間移動でもするような勢いで吹っ飛んで行った。
「ちょっとユーゼフ・・・。セバスチャンに言われただろ。瘴気を消しながら近づいてくるなって。またしばらくB君が使い物にならなくなったらどうするのさ。それでなくても人手が足りてないって言うのに」
「その時にはロベルト君かアルベルト君を貸してあげるから」
 僕の苦言にユーゼフはにこりと笑みを浮かべて答え、僕の飲みかけのコーヒーを啜る。
「ああ・・・・僕のコーヒー・・・・」
「ところでデーデマン。こちらからもセバスチャンに対する態度を変えて見たりしたらどうだい?」
「ええ・・・」
「無理ですよユーゼフ様。セバスチャンのこととなると旦那様はデレデレですからね。旦那様がセバスチャンにそっけなく接するなんて無理ですよ。」
「ふむ・・・・」
 ツネッテの指摘にユーゼフは思案するように頷きまた僕のコーヒーに口を付ける。ああ・・・僕のコーヒー・・・まあ今返されても絶対に飲まないけど。
 しかし、今のこの議題は一体何なんだろうか。これは一応みんなに心配されていると考えていいのだろうか。
 でも彼らが動くとまた事態が変な方向へ捩れ回ってしまうような嫌な予感がする。

 止めなければ・・・・!

「ん・・・?」
 何かを察したようにユーゼフが呟く。目は壁を追い、そしてにやりと笑った。
 何かを企む笑みに背筋を凍らせそうになった僕に振り向き、ユーゼフはその美貌を一層輝かせるようににっこりと笑った。
「へ?」
 僕に向けられたそれを皆も凝視して固まってる。中には顔を赤らめている者もいるのはやはり仕方が無いことだ。彼はフラン○フルトの淑女達の目線を独り占めできるほどの美貌なのは周知の事実だからだ。
「相変わらず君は甘いね。見た目もそうだけど味覚も可愛らしい」
 そう言って目を細め笑むと僕の髪を指先で弄り、頬にまで指を伸ばし優しく撫ぜてきた。
「・・・・っ」
 くすぐったい。
 しかもやけに顔が近い。ユーゼフ自身から香り立つ花のような甘い匂いと先程のコーヒーの香りが僕の嗅覚を刺激する。
「・・・・・・・。」
 微笑ましげな顔で僕を見た後、ユーゼフは首でドアを振り向いた。
 なんとなく、まるで僕も誘導されたようにユーゼフの視線を追うと・・・・そこには日頃僕の心を慌ただてる人物が。
「セ、」
 僕が名前を呼ぶよりも先に、セバスチャンは無表情で部屋から出て行ってしまった。
「あ・・」

「・・・。」
「つまり俺達が旦那様に構いまくるということか」
「その通り。デイビッド君は察しが良くて大変よろしい」
 にっこりと答えたユーゼフに、デイビッドと他の皆は少し歪んだ笑みを浮かべた。

 僕はまた遊ばれる運命なのか・・・そう悟った瞬間にまだ昼半ばだというのに一日働きづめで居たようにぐったりとした倦怠感と苦悩により頭痛がしたような気がしてむっと顔を顰めた。
 しかし、そんな僕を察したとしても彼らが止まらないのは分かりきったことだ。
 とにかくこの皆がこのおふざけにすぐに飽きてしまいますように。そう願うのみだった。




 それから夜までの間、僕はとにかく色々なものに怯えながら一日を過していた。
 昼食ではデイビッドが僕の好物ばかり作ったと僕に構いっぱなしで、後ろに控えるセバスチャンがなにか異様な冷気を立ち込めているような気がして僕は背筋が凍りっぱなしだった。
 時々僕の肩越しからセバスチャンを盗み見ては何がいいのか分からないけどデレデレ笑むデイビッドにも新たな謎が。
 この圧力の中、その主を見てそんな風に照れた表情をして見せるなんて・・・それが愛か!?愛なのか!?

 一番発生率が高かったのはやはりというか・・・ユーゼフだ。
 先程の事と言い、日頃僕のことを構う・・・と言うか、からかうことを趣味の一つにしているんじゃないか・・・
 昼食が終わった後もどこからとも無く現れたユーゼフは楽しげに僕の頭を撫でたり頬をつねったりと良く分からない愛情満開で接してくる。
 その間僕はどんどんフラストレーションを溜めていくセバスチャンを見てはそれに怯え、それをユーゼフが楽しそうにまた構ってくる。
 なんと言う悪循環なんだ・・・・・。



 はあ・・・・・と大きく溜息を吐き、僕は窓辺に凭れた。
 夕方間近。
 やっと厄介な連中から解放された。
 セバスチャンは携帯に掛かってきた電話に出た後ドス黒いオーラを背負いながら外出し、ユーゼフは泣き喚くピーターの迎えに困ったような何時もの妖しげな笑みを浮かべながら帰っていた。
「旦那様。」
 背後からの呼ぶ声に、僕は決心して振り向いた。
「セバスチャン・・、早かったね」
 僕の短い安息終了・・・。 
「ただいま戻りました。」
 笑みを浮かべることも無くセバスチャンはそう言うとこちらに足音も立てずに近づいてきて、見上げる僕を相変わらずな顔で見下ろしてきた。
「貴方は・・・・」
「?」
 言いかけた言葉の続きを待とうとしたが、黙り込んでしまったセバスチャンを首をかしげながら見つめた。
 彼はそれを見ると世界一の苦労者だとでも言うように溜息を吐くと僕の体を自分の腕の中へと引っ張り込んだ。

「貴方は、何故。近くに居ても、離れていても俺の意識を占領するんだ。」
「え?」
 苦虫を噛み潰したような歪んだ表情を浮かべ、セバスチャンは腕に抱いた僕の目を見つめていた。そんな苦々しい表情さえ、美貌な彼が浮かべればなんて素晴しく絵になることだろう。
 冷んやりとするような涼しげな鼻梁のセバスチャンを見つめ僕は自分の置かれた状況を一瞬忘れてやはり見惚れてしまう。
 これが惚れた弱みというものなのだろうか。
「近くに居れば我を忘れそうになる、だから距離を置いてみればお前は他人に親しんでばかりいる。吐き気がしそうだ」
 苦しそうな声で、最後の一言はまるで吐き捨てるように呟き。
 セバスチャンは眉間に皺を寄せた顰めた顔のまま、僕の唇に自分のそれを押し付けてきた。
 力強く掴まれた腕と肩が痛み、そして性急な口付けに僕のほうが意識が飛びそうになってしまう。
 しかし、やっと触れ合えたことに僕はただただ感激するばかりで、奥底からは嬉しさと恋しさばかりが湧き出るばかりでそれを失せさせてしまうにはとても惜しく、一生懸命に意識を保とうと躍起になる。


 僕が彼を見つめているのなら、それはセバスチャンも同じなのだろうか。
 僕がセバスチャンを見つめていることに気付かないように、僕も見つめられていることに気付かず、そして彼はそれをわかって見ているのだろうか。

 すれ違う時間の中の、一瞬の逢瀬。
 僕らは気付かずに、同じ場所に居ても目と目を合わせて見える瞬間を待っている。


 どこか違う場所に向いていても、


 見つめてる時間は、きっと何よりも長いはず。



end



松本勇輝様からリクエスト頂きました「セバデーで誰にでも愛されなデーデマンにセバスチャンが嫉妬する」です!
何と無く、デー様愛されてる・・・というよりも何か子供をからかいつつ可愛がりって感じです・・ね・・・(とくにユーゼフ
使用人ズ&ユーゼフ様の作戦実行はデイビッドとユーゼフ様の2つしか書いていないのですが、その他にAとBがデー様にお菓子を分けて仲良く貪ったり(彼らの精一杯)、ツネッテとほのぼのや、デイビッドがデー様のおやつ係りを横取りしたりと考えましたが、長すぎる・・・・!と削ぎ落としてしまいました(汗)
なんかセバのぷっつん所も変な感じになってしまったけど、彼は忍耐強く見えて変なとこで我慢がきかなくなるとかそういうことで・・・・(逃げっ

大変お待たせしてこれか・・・・!とか思われそう;;
相変わらずの駄文ですが、少しでも楽しんでいただけたならどうぞどうぞお持ち帰って下さい。
背景は素材サイト様ふるるかからお借りしました。

20080127



 
count