vacation




「えっ?」

 気の抜けたようなその声は、確かに僕のものだった。


 ぱちり、と瞬きしてみても広がるこの風景は変わらず・・・。

 青い空、白い雲。白い砂浜、青い海。
「こ、ここは。無人島?」
 さっきまで僕は船内にいたはずなのに!?混乱する頭で考えているうちに、左手にある温もりに気がつく。
「大丈夫か?」
 馴染んだ声に僕は肩越しにその先を見つめた。
「テッド?」

 どうなってるんだ? 

 そう問いかけるように首をかしげながら彼を見つめると、顰め面のテッドは大きくため息をつく。
「飛ばされた。」
「それは分かってる。」
 そういえば飛ばされる寸前にビッキーの輝くばかりの笑顔を見た気がする。
 そして僕が触れていたのはテッド。
「えーと、清々しい場所だよね。ここ。」
「そうだな。」
 なんとなくひくついた顔であたりの風景を見渡す。
「自然な風景を見ると心が洗われるようだ!」
「そうだな。」

「で。」


 笑みを張り付かせたまま僕は彼をもう一度見つめる。
 テッドもやや上にある僕の顔を見つめてきた。

「手鏡・・・・」
「俺が持っているわけないだろうが。」

 ですよね。


「僕も今日は手鏡持ってなかったんだよね。今日に限ってビッキーが手鏡磨きたいとか言い出して・・・」
「災難だったな。」
「これからどうしようか・・・。」
 途方にくれたような僕の声に、テッドは一瞬瞳を逸らし、そしてまた僕を見つめこう言った。
「なんとかなるだろ。」
 硬い表情のテッドが言う。
「気楽だねえ」

「こうなってしまったものはどうしようもないだろう。瞬きの紋章はお前が行った事のある場所にしか移動することはできない。ならば、本拠地船のやつらも把握しているだろう。すぐに迎えはくるさ。」
「テッドって・・・。」
「なんだ?」
「僕より小さいくせに頼りがいあるよね。」
「俺達に身長は関係ないだろうっ」

 きっ、とこちらを見上げる瞳がなんだか微笑ましい。
 テッドの表情を見たのはこれで何回目のことだろうか。きっとまだ片手が余るほどの回数だ。

「とりあえず飲み水、食料の確保だな。」
「あ、僕ここ二度目だからまかせといて」

 親指を立て、ぐっと右手をテッドの方につき出し、僕はにっこりと微笑んだ。


 僕、テッドと並び密林を散策し、何とか食料になりそうな実や飲み水を確保した。
 そして。

「次は・・・・蟹!」
 僕は輝かしい目をして少し引き気味のテッドを見つめる。
「蟹?」
「そう!僕、蟹が大好物なんだ!」
 はしゃいでいると、僕たちはいつの間にか高台へ。
「!」
 目の前に立ち塞がるものに一瞬テッドが息を詰めた。
 きたきたきた!
 硬い殻が擦れて立てる音と、耳障りな猛る声が聞えて来る。
「アレが、蟹か?」
 不満げに、テッドが茂みからのっそりと姿を現した巨大な体躯の蟹を見上げる。
 他にも僕たちの膝ほどまでの大きさの蟹達もわらわらと姿を現した。
「お前の好物は饅頭だったんじゃないのか?」
「良く知ってるね。」
 僕が知る限りではまだ数えるほどしかあの部屋から外には出たことが無いくせに。
 心で呟いた言葉だったのに、なんとなくそれを察したのか不服気な顔をして僕を睨んでくる。
「お前の饅頭好きは異常だからな。嫌でも耳に入ってくる。」
 それに付き纏ってくるやつが嫌でもべらべら言ってくるしな。小さく呟くテッドに僕は顰め面のテッドとそんな彼をよそに期限良さそうにノンストップで口を動かしているアルドを脳裏に浮かべた。
「けっこう楽しそうでよかったじゃない・・・・」
 つんっと顔を逸らし、僕は蟹に双剣を向け構える。

「さあて、テッドは紋章でサポートよろしく!」
 僕はぐっと前へ身を乗り出しながらテッドを見ずに、あばれガニに剣を振り下ろす。
「紋章でって言われてもな・・・俺回復・補助系は宿してないぞ!」
「あのおっきいの、前回倒した時も僕がこの罰の紋章で倒したんだ!だからさ!」
「はあ!?」
「強力な攻撃用紋章おねがいしまーす」

 間延びした声でそう言い、ちらりと後ろを見やるとテッドは眉間に皺を寄せ・・・・・右手を前に差し出した。

「まあ、お前の罰の紋章を使わせるわけにはいかないからな。」

 前を見据える。

「・・・・・裁き」

 テッドの唱えた言葉と同時に鎌のような形をした紋章が赤い光と共に浮かび上がる。
 あれが、テッドの持つ紋章・・・・
 それは凶悪な光を生み出し、黒い光がヌシガニを包み込み止めを刺す。
「・・・。これでいいんだろ?」

 一瞬の出来事に興奮状態だったあばれガニ達も動きを止めている。
「さっさと、片付けろよ」
「あ、うん」
 圧倒的な力に唖然としていた僕をテッドは目で促す。

 あれが、僕らを、きつく縛ってもがく度に動くたびに、痛みを齎しているものなのか。


 左手に持った剣を渾身の力であばれガニに突き出した。





 はあ、と小さく溜息を付き僕は岩肌にゆっくりと寄りかかった。  少し熱い湯に全身包まれ強ばっていた体がじんわりとほぐされていく。
 僕より一足送れてテッドが水音を立てながらこちらにやってくる。  濡れた髪が垂れ下がり濡れた肌に吸い付くようにくっついている。  肌が微かに赤らんでいるのを見てなぜか僕が羞恥を感じてしまう。一体僕はテッドの目にはどんな風に映っているのだろうと考えると、熱い温泉のお湯の所為ではなく顔が火照るのがわかる。

 テッドは僕から一人分の間を空けて同じように壁に寄りかかり座る。

 僕たちが持ってきたたいまつの明かりが水面に反射して青白く、そして炎の赤で岩肌の壁や天井僕たちも揺ら揺らと照らしている。

 左に座るテッドを盗み見るように見つめると、テッドは気持ち良さそうに目を閉じて顔は天井を見上げている。
 笑みの形の口元を見るとなんとなくご満悦なのがわかる。
 考えて見ればテッドは真の紋章持ちなのだからそろそろ温泉でまったり楽しみたいお年頃なのかもしれない。労わろう。

「お前・・・」
「ん?」
 ぼんやりと考えていた僕をいつの間にかテッドが見つめていた。
「いま余計なこと考えていただろ。」
「うん。」

「あれ?お前。」
 僕を見つめたテッドが驚きの声を上げる。表情も少し強ばっている。
「肩・・・!」
「え?」
 指さされたそこはちょうど自分の髪で遮られ見えない。
 髪をかきあげ見えた肩には拳ほどの大きさの打ち身と小さな傷が血を滲ませていた。
 さっきの蟹狩りの戦闘で負ったものだろうか。あれほどの数だし無傷ではいられなかったらしい。
「・・・。気付かなかった・・・。」
「・・・・・・・・。」
 そっと指先で触れると固まりかけていた血液がぐにゃりと指に張り付く。
「あんまいじるなよ」
 テッドが呟き、僕の手を取る。
 じっとその掴んだ僕の手についた赤い血を見つめている。
「ちょっと・・・」
 それを舌を出して嘗めるテッドに僕は小さく非難の声を上げる。
 指先をゆっくりと柔らかな舌が辿る感覚はとてもむず痒く不思議なもので、傷の痛みとは違いうずうずとした強い感触だ。
「肩の血、止まらないみたいだな」
「ん・・・」
 指を含んだまま口を動かされ、きつく閉じた唇から声が漏れる。
 テッドはゆっくりと上体を僕に寄せ、思ったとおり僕の傷ついた左肩に顔を寄せてくる。
 温泉に浸かって体温も上昇し血行も良くなっているのか赤い血はゆっくりと肩から腕へと垂れているようだった。
 それを、テッドは腕から肩へと血を辿り嘗め上げる。
「わあっ!」
「湯に垂れたら困るだろ」
 大きく声を上げた僕の目を見ながらそう言い、じくじく血の滲む肩の傷口を舌を使いまた嘗める。
 その度にぞわりと背筋を駆けるものがある。これは、なんだ。

「テッド、もう・・・」
 目を伏せか細くやめてほしいと呟いてもテッドは上目使いで僕を見つめるばかりで、舌は僕の肩を這ったままだ。しかもそれはだんだんと傷口から離れ首筋へ、喉仏へとぬめりと滑ってくる。

「何がしたいんだよ?」
「さあ、」

 そう小さく笑みを含んだ返答が聞こえた瞬間に、そっとテッドは顎を経由し唇に触れる。
「・・んぅ」
 濡れた音が鼓膜を響かせる度に酷く弄られた気がする。
 脳ががんがんと音を立てるように、思考が、軋み。

 体温の上昇と共に理性が薄れる様。

 噛み付くような口付けに、背が、体が震えた。
 いけない・・・・

 しかし体を離そうと上げた腕は意思に反し、テッドの湿って熱い肌にそっと触れていた。


 嵐の様な口付けが終わった後、僕らはゆっくりと身を離した。
 どちらも気まずそうに目を逸らし、目元には微かに欲情の朱が注してあるようだ。
「俺達なにしてるんだろうな」
「さあ・・・」
 返事と共に伏せた睫毛が、影を濃く落としていた。

 それからしばらくして、温泉とそれ以外の要素に一気にのぼせた僕らは上がり素早く体を拭い身支度を済ませた後また松明を片手に洞窟を戻った。
 外へ出ると、入ったときには背中を照らしていた夕陽はとっくに沈んだようで群青の空に様々な明かりの星達が照らしていた。
 雲ひとつない夜空に僕らは目を奪われ、火照った頬に涼しい夜風を感じ心地よさに口元を緩ませた。

「いいな。こういうの。」

 夜空を見上げたまま、テッドが言う。
 彼の短い髪は僕と同じようにまだ時々水滴を落としているようで、少し重そうに風に時々揺れていた。

「ありがとう。」
「・・・・・。何がだ?」

 僕も夜空を見上げたまま、言う。

「僕に息抜きさせるために、ここに来たんでしょう?手鏡は、君が持っているんだね?」

「よくわかったな。」
 少しだけ目を見開いてテッドが僕を見つめた。
 テッドの視界に入るのが、その目に映ることがこんなにも嬉しく感じるのは何故だろうか。
「さっき着替えている時に、鏡に反射した光が岩肌に映っていたから。」

「なら、どうする?」
「ん?」
「手鏡はある。だから迎えを待つ必要はなくなった。今すぐ帰ることが可能だ」
 しかし僕は小さく首を横に振った。

「今から蟹を食べよう。それで、明日の朝になったら、帰ろう。」
 僕の言葉に、テッドは小さくまた目を見開く。戦う日々に急かされている僕が怠けたことを言ったからだ。

 言葉の浮かばない空白の習慣にも、ざざん・・と波が砂浜を滑ってゆく音がする。

 そうだな。とテッドが頷いた。
 僕がそっとその手に触れてみると、小さく握り返してきてなんだかいたずらを考えた子供の様に、微かに、笑った。



 こんな日は多分、もう一生訪れない。

 だから、後もう少しだけ・・・・。

 僕はそう思いながら、向こう遠くへ続く海を見つめた。



   end




暁様からリクエストいただきました「無人島でしっぽりテド4」です!
無人島は何とかクリアー
温泉でしっぽり・・・・は、ちゃんと出来たか微妙です。
でも一応出来る限り卑猥っぽくしときました!!!
たかだかカニをしとめる為に裁き使っちゃうテッつんはどうかと思います。
こんな感じで良いのかハラハラもんですが、も・・・もらって下さいーーーっ
背景の写真は素材サイト様戦場の猫からお借りしました。
2007.10.7

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