少しきつめの日の光がまるで目を焼くようだ。
熱を孕むような響く頭痛に顔をしかめながら、デーデマンは執務室の窓から睨む様に外を見つめた。
なんて日だ。
ふふふ・・・と妖しくデーデマンが笑い、その顔の目の下には濃い隈ができている。
初夏の早朝。
しかしその日差しは時間を考えても強く感じる。これは疲労のつのった体調の所為だろうか?
デーデマンは後ろを振り返った。
その目線の先にはいつもデーデマンが仕事をする造りのいい机。そしてその卓上には決済済みの山のような枚数の書類。
よくもまあ、一夜にこれだけの仕事をこなせたものだ、と自分自身に感嘆してしまう。それもセバスチャンが効率良く進められるように環境を整えてくれたからだというのだけど。
デーデマンは脳裏に先ほどこの部屋を至急必要な書類を手に退室したセバスチャンを思い浮かべた。
セバスチャンもデーデマンを監視するために一晩一睡もしていない。
しかも一瞬の隙が命取りになるため一晩デーデマンを視界から逃すこともしなかった。厳しい視線に晒され、しかしその甲斐ありこの成果だ。悪いことはない。
しかし。
もう少しこう、何かあってもいいものじゃないだろうか。
若い二人が一晩邪魔も無しに同じ部屋にいたのだ。
キスの一つや二つ、そこまでいかなくてもいい。甘い言葉を囁いてくれたっていいじゃない。
自分のやけに舞い上がる思考に溜息を付く。
ありえない。絶対ありえない。
普段のセバスチャンもだし、仕事の絡んだ悪鬼セバスチャンがそんな願いを叶えてくれるわけがないのだ。
思うのは自分だけなのかという悲しい思いにデーデマンはきゅっと唇を噛み締めた。
「旦那様?」
いつの間にやら部屋に戻ってきたセバスチャンが、ふるふると震えるデーデマンを訝しげに見下ろしている。
「・・・・。」
「どうなさったんです?そんなに唇を噛んでは傷が付きますよ」
そう言ってゆっくりと歩み寄り、片膝を床について優しくデーデマンの頬に掌を寄せ、一指し指と親指で刺激を与えないように撫でる。
「・・・っ」
寝不足で青いデーデマンの顔に一瞬にして鮮やかな朱が広がる。
「睡眠の足りない頭では何を考えても無駄ですよ」
見抜いたようなセバスチャンの言葉にデーデマンは「え?」と呟く。
「ご褒美はなにがよろしいですか?」
妖しく笑い、セバスチャンはゆっくりとデーデマンの頬を撫で唇を滑る。
「ご、褒美!?」
その言葉に、そして唇を優しく這うセバスチャンの手袋のさらりとした感触にデーデマンはより一層頬を染める。
「ご褒美ってあのその・・・!」
思わぬ事態にデーデマンはあたふたと慌てだすが、セバスチャンはその慌て踊るように動く両腕を優しく拘束し、ゆっくりと諭すように耳元に囁く。
「そんなに考えなくとも、今日は全部叶えてあげますよ」
ふっと言葉と共に感じる微かな息が耳にあたり、デーデマンがこれほどかと顔を赤くしてその瞳は訳も分からず潤む。
鼓動はまるで暴れるように打ち、心臓が口から出てきそうなほどだ。
「えと、それじゃあ・・・今日一日一緒にいて」
「はい」
「あと、今日は仕事休み」
「今のところ急ぎの書類はありませんので」
いいですよ、とセバスチャンが頷く。
「セバスチャンお手製のおいしいおやついっぱい食べたい」
「準備しましょう」
「あ、でももっと後でいいよ」
「一緒にお昼寝もしよう!」
「・・・・・。」
「なに?」
さすがに言い過ぎただろうか。
デーデマンは訝しげに至近距離のセバスチャンの顔を覗き込む。しかしセバスチャンは複雑な顔をして手で口元を隠している。
隠した口元は見えないが、深い青の瞳がやけに瞬いているような気がするが。・・・望むところだとデーデマンはにっと笑う。
「枕は使って良いから、ぼくはセバスチャンの腕枕で寝るよ!」
「・・・・そうですか。」
「それからね・・・」
「まだあるんですか?」
うんざりはしていない、セバスチャンの静かな声が溜息交じりに聞こえ、それにくすっ笑ってしまう。
デーデマンは自分の頬を触れたままのセバスチャンの手を取って言う。
「できれば、手袋を外して。セバスチャンの手で触ってほしいな・・・」
恥ずかしいのか、やや目線を伏せてデーデマンが搾り出すように言う。
「・・・。わかりました」
ほんの少し、その笑みはまるで嘲るようで。しかしその表情はなんとも温かくデーデマンを見つめ、そして微かに獲物を狙うような甘い妖しく光る瞳。
至近距離でその美貌の表情を見てしまったデーデマンは一瞬息が止まるような気持ちになる。
そんなデーデマンを楽しげに見つめ、セバスチャンはデーデマンからその青い目を放さずに見つめながら、ゆっくり片方ずつを口を使いするりと手から抜いていく。
「わっ・・」
壮絶・・・・・・!
ふいに火が灯った心持ちになり、デーデマンは一瞬本能的にセバスチャンから身を引こうとする。
「逃がしませんよ?」
「あうう・・・・」
「今日は、たくさん甘やかしてあげますよ」
そう言ってセバスチャンは素早くデーデマンを抱き上げる。
「さあ、まずは」
口付けと共に甘い眠りを。
−彼らはドアの隙間から−
「しかし旦那様ったら、じかに触って欲しいなんて、えっちなこといっちゃって・・・!」
「ツネッテ。唯一の紅一点が(大奥様とヘイヂはなんかもう論外)そんなこと言っていいのか?」
「さっそくブラックファルコンに報告ね!」
「やめてくれ!ユーゼフ様が乗り込んでくる・・・・!!!」
end