「これはっ!」
 パーティーが行われている広間を「疲れたから」という理由で出たセバスチャンとユーゼフは、一度ユーゼフに宛がわれた部屋に訪れていた。ユーゼフ(正しくはアルベルト)が持ってきた荷物の仲には様々な魔術道具が混ざっていた。その中から、良く分からない古びた本を取り出すと、ユーゼフは簡易召喚によって大小様々な魔物を呼び出した。その魔物たちに『デーデマン十一世とアルベルトを捜索しろ』と命令を下した瞬間に、主催者の屋敷を包んだただならぬ気配を感じたのだった。
もちろん、普通の人間なら感じることは出来ないだろう。だが、ユーゼフは承知の通り闇世界の元締めだし、セバスチャンは気合で幽霊すら掴む男だ。ユーゼフははっきりと、セバスチャンもユーゼフほどではなくてもその異様な気配を感じることは出来た。
「一体何が?」
「デーデマンを生贄に悪魔召喚を始めた馬鹿が居るみたいだね。……今ので彼らが何処にいるのか分かったよ。僕のあとについておいで」
 ユーゼフは焦ったように言うと、壁に飲まれるように消えた。セバスチャンもそのあとを躊躇うことなく追う。そこにあるはずの壁は障害にならず、二人を儀式が行われている部屋まで直結した通り道になったのだった。もちろん、呼び出され命令を貰う前に主が対象者を発見したために命令を完遂することが適わなくなってしまった魔物たちもそのあとを追った。
「何をしているのかな?」
「私の主を帰していただきましょうか」
 二人と数多の魔物たちが辿り着いた部屋では、もう間もなくで悪魔が召喚されてしまうところだった。
二人は焦りを悟らせることなく、鉄火面を装いユーゼフは唇に笑みを浮かべて、セバスチャンは大魔王の笑みで、しかしその視線はどんなときよりも首謀者である魔術師の男を冷ややかに見た。
魔術師の男はこの事態をさすがに予測していなかったらしく、慌ててしまい呪文を間違えた。
それは召喚呪文を唱えている際に絶対にしてはならないミスだった。召喚はならず、呼び出そうとした悪魔の力は召喚者に降りかかる。結局、召喚者である魔術師の男は自分の力に殺された。
「まったく。自分の分を超えた力を得ようとするからだよ」
 召喚されかかった悪魔を本来あるべき世界に押し戻したユーゼフは、溜め息をつきながら言った。セバスチャンは、ユーゼフに安全になったという意味を含んだ視線を向けられると、魔方陣の中心で倒れているデーデマンに駆け寄った。セバスチャンがデーデマンを抱き起こすと、ユーゼフも近づいてきて脈を取ったり瞳孔をチェックしたりしている。
もちろん、現在の二人の視界にはデーデマンしか入っていない。
デーデマンの周囲に倒れている男達を遠慮も配慮もなく踏みつけているが、二人はそのことにすら気付かない。
あと一歩で生贄にされるところだった貴族の男とその執事は、予想外の乱入者にこっそりと部屋を抜け出そうとしていた。が、それは適わない。なぜなら、ユーゼフが召喚した魔物たちが二人をガッチリと捕らえて放さなかったからである。
 魔物たちから声ならぬ声を聞いたのだろう。ユーゼフは顔を上げて二人を見た。
「あぁ、その人たちはお仕置きが必要だから放しちゃダメだよ」
「ユーゼフ様、旦那様は……」
 デーデマンの安否も告げずに魔物たちに新たな命令を下したためだろうか、セバスチャンは焦れたようにユーゼフに訊いた。
「大丈夫だよ。さっきの魔術師は大した器じゃなかったんだ。魂を捉えたままにデーデマンを生贄に捧げることは出来なかったみたいでね。デーデマンはただ眠っているだけだよ。しばらくしたら目を覚ます」
 ユーゼフの言葉に安心したのか、セバスチャンは我知らず安堵の息を漏らした。そして、愚かな貴族の男とその執事に視線を向けた。その視線は、やはり極寒を連想させるもので、視線を向けられた先に居た二人と魔物たちは身を震わせたのだった。
「――私も仕置きに参加させていただいても?」
「もちろんだよ。――僕達のデーデマンに手を出した罪は何よりも重いからねぇ……」
 敵に回してはならない人物を同時に二人も敵に回してしまった貴族の行方を知る者は一人も居ない。


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