薄暗い部屋。存在する人物は五人。
パーティーに参加しに来たとみせデーデマン誘拐を企てた貴族の男と、それにかしずく老年の執事。そして、その貴族を隠れ蓑に行動する闇の魔術師である男が一人。残りの二人はロープに縛られ床に転がっている。
一人は虚ろに床を見つめるデーデマン。もう一人は珍しく顔面蒼白で荒い息を零しながらも意識の回復を望めないアルベルト。二人は一緒に捕まっていたのだ。
 貴族の男の執事が主に報告する。
「やっと手に入りましたよ」
「よくやった」
「ユーゼフが連れていた使用人……、アルベルトといいましたか? あれも連れて来ました。もちろん、同じ方法で」
「ほう? 良い実験体になってくれそうだ」
 執事を褒めたのは主人。アルベルトに感想を零したのは魔術師だった。
 わざとらしくフード付のマントを被った魔術師は、虚ろな目をしたデーデマンの顎を掴んで上を向かせた。普段なら好奇心に輝く目も、魂を絡め取られた今の状態では蝋人形よりも命を感じることは出来ない。
「しかし、ユーゼフがこれほどまでに生贄に格好の人物をほったらかしにしておくとは……」
 くつくつくつ、と暗い声音で笑ったのは魔術師の男。彼は遠い国で魔術師の筆頭に立つ男だった。ユーゼフを打ち倒してユーゼフが従えている者達も配下に入れようと勝負を挑むものの、魔術の腕はユーゼフのほうが遥かに上らしく勝てたためしがなかった。だから、デーデマン家に良い感情を抱いていない貴族に入れ知恵をし、デーデマン誘拐に協力させたのだ。
今回のパーティーの主催者は、この貴族に抱きこまれた貴族だった。多額の金をチラつかせ、デーデマン誘拐のためのパーティーを開かせたのだ。そうすれば、デーデマン誘拐発覚時に、誰が来るか知る良しもないパーティー参加者に疑いの目が向けられることなく、パーティーの主催者を身代わりに出来ると踏んだのだ。
「しかし……、生贄として殺すには惜しい顔をしているな」
 ユーゼフがデーデマンの魂を生贄に捧げるのをやめているのは、その純粋な魂からなのだということを魔術師は知らない。
デーデマン十一世は、近年稀に見る純粋な魂の持ち主で、確かに仕事はサボるは、朝寝昼寝・転寝不貞寝が大好きだとは言っても、滅多に欲を見せない人物だった。もっとも、知識には貪欲で、デーデマンが小さな頃はユーゼフとよく様々なことを討論していたものだ。だからこそ、というのか。デーデマンは人一倍大人びた子供になったものの、子供らしい我が侭しか言わない子供になった。しかし、子供のような無茶苦茶な駄々を捏ねるでもなく、ただ気に入った人物を傍に置くが為に我が侭を言うような子供だ。セバスチャンが本当にデーデマン家を出て行きたいと願ったなら、デーデマンは引きとめることなく、セバスチャンをデーデマン家から開放していただろう。デーデマンは知らずのうちに相手の本当の気持ちを察して自分の欲を堪えることができる青年なのだ。 そんな魂を幼い頃から見守ってきたユーゼフとしては、この輝かしい魂がどこか救いになっていたのかもしれない。
アルベルトもロベルトも、ユーゼフがデーデマン家で過ごしている際に浮かばせる笑みが心の底からのものだと知っている。だからこそ、アルベルトはデーデマンを守ろうと行動したのだろうが、それは裏目に出てしまった。アルベルトの生命を構成するユーゼフの気を絶たれ、存在すること自体が危うくなってしまっている。 「生贄だからと言って、必ずしも殺すというわけではございません。数人を一緒に生贄にすれば、魂のない操り人形にすることも可能でございます。……もちろん、肉欲を満たすことも」
「それは良い。デーデマン家の資産も手に入れられて、デーデマン十一世は操り人形か。これほどまでに面白い座興はない」
 心底楽しげに、貴族の男は呟いた。
魔術師の男はユーゼフを打ち倒したあと、この貴族も殺すつもりで居た。所詮は一時しのぎの隠れ蓑。フラン○フルトとその近辺の魔術師はみなユーゼフに抱きこまれ、各々上流下流貴族をパトロンとしているが、それでもユーゼフが気に食わない貴族には仕えない。つまりは、ユーゼフの眼鏡に適わない貴族は魔術師を従えることは出来ないのだ。だが、魔術師を欲しがる貴族は絶えることがない。この魔術師の本命のパトロンは、現在もパーティー会場にて世間話と政治の話に花を咲かせて今回の一見を見てみぬフリ。なぜなら、そのパトロンにとってもデーデマン家は目の上のたんこぶだから。しかし、パトロンは貴族の男の存在を知っていても、貴族の男はパトロンの存在を知らない。完璧に魔術師を自分だけのものと認識しているのだ。だからこそ、貴族の男の魔術師に対する信頼度は計り知れない。寸分も疑うことなく、魔術師の言いなりになってきたのだ。
「さて、儀式の準備がしてある部屋へ参りましょうか……」
 魔術師は生贄にされるデーデマンを操って立たせ、その足で歩かせる。アルベルトはそのまま床に転がされ放置されるようだ。貴族の男と執事は恐いもの見たさからか、魔術師のあとを文句も言わず、何処か興奮した面持ちでついて行く。生贄にされる人物の頭数に含まれているとも知らずに。





「お二人も、この輪の中に入っていただけますか?」
 生贄とされるデーデマンを中心に、数名の若い男達がその周りを囲んでいる。それから離れた位置を指し示されたためだろう。氏族の男とその執事は疑いもせずにその輪の中に入ってしまった。
「今から儀式を始めますが、その前に……」
 魔術師の男が短刀を取り出した。
「この短刀でお二人の血を下の魔方陣に垂らして下さい」
「旦那様に傷を負わせるつもりかっ!」
 さすがにこれにはすぐに従おうとしない。
「これは、呼び出した悪魔に貴方様と執事殿が使えるべき相手であることを知らしめるために必要なのです」
 だが、魔術師の男が放ったこの言葉に、それならばと納得して魔方陣に血を垂らしたのだった。
それを確認した魔術師の男はなにやら不可解な呪文を唱え始める。すると、床に描かれた魔方陣はうっすらと発光し始め、次第にその光を強めていくのだった。


gift