「もー……。どうしてこんな日に出張なのさ……」
「知りませんよ」
「セバスチャン、冷たくない?」
「さぁ?」
 素知らぬ顔をしながら、しかしセバスチャンは怒り狂っていた。
今は遠方で開かれる政治関連のパーティーに出席するために馬車で移動している最中だ。
そして、セバスチャンの不機嫌な理由は下記の通り。



(※セバスチャンの心中:リアルタイム中継※)

全く最近は面倒なことが続く今回の外出でどれだけの仕事が滞ると思ってんだ主催者野郎だいたい俺だけを招けばいいだろうに……なんて言ったってフラン○フルトの経済を裏で操ってるのはこの俺だぞあぁそれにしたって面倒だなんだって旦那様が本来の身長に戻ってるんだ忌々しい大方今日だけあの傍迷惑な向かいの化け物に頼んだんだろうが忌々しいことには変わりないパーティーの間中に消えたりしないか目を光らせてないとならないじゃないか面倒臭い加えて脂下がった能無しどもが愚かにも手を出してこないかも監視しとかないとなあぁ対策を練らないとだめかったく主催者殺す

(以上、所要時間0.000025秒)



 尋常ではない速度で脳内のみの愚痴を吐き出す(表情に変化なし)と、セバスチャンはこれからの気苦労にマントルを突き抜けて反対側に貫けそうなほどに重たい溜め息を零したのだった。






「ようこそいらっしゃいました。本日は、お忙しい中、明日のためのパーティーに遠いところからお集まりいただきまして誠にありがとうございます。皆さんお疲れでしょうから、今日はごゆるりとお休み下さい。ご歓談の際にはこのホールをお使いいただいてかまいません。なにか不都合がございましたら、使用人にお申し付け下さいませ。それでは」
 パーティーの主催者の執事が朗々と告げる。パーティーに慣れている貴族達は各々メイドに導かれて宛がわれた部屋へと向かった。セバスチャンは物珍しさにフラフラし始めようとしていたデーデマンを眼力で押さえ込み、嫌味ったらしくこう言った。
「さぁ、旦那様。お疲れでしょうからお部屋で休みましょう?」
「クエスチョンマークがあるのに命令に聞こえるのはなんで……」
 普段から執事らしからぬ態度で接せられているデーデマンは、主人を持ち上げるような態度をとるセバスチャンに寒いものを感じる。
「君のそんな態度は普段を知る者としては恐ろしく感じるよ」
「なんでいるのよ……」
「やぁ、デーデマン。君も呼ばれるパーティーに僕が呼ばれないはずがないじゃないか」
 降って湧いたのはセバスチャンにとって宿敵でもある、お向かいさんのユーゼフ。
今回のパーティーはフラン○フルトの資産家達を集めた所謂政治の場。フラン○フルト一のデーデマンが居れば、当然デーデマン家に次ぐ富豪であるユーゼフが来ないわけはないのだ。
「君、僕が出発したときまだB君で遊んでたよね? なんで僕達よりも先に着いてんのさ」
「それはもちろん秘密通路さ」
 お気に入りのデーデマンが不満げな表情をしているのが楽しいのか、ユーゼフはニコニコと答える。絶対に言葉の最後には音符マークが付いている。そして、セバスチャンは傍目には分からないが、良いとは言えない機嫌が急降下し周囲にブリザードを展開し、まったく関係のない第三者を遭難させている。正直言って、第三者にはいい迷惑だ。
「旦那様、お部屋に向かいますよ」
「えぇー。いいじゃないか、僕とお茶しても。まったく、君はけちな執事だねぇ」
 どこぞの子供のようにぷうと頬を膨らませて文句を言うユーゼフははっきり言って気色が悪い。デーデマンは直視した瞬間に少々意識を飛ばしたようだ。もちろん、セバスチャンも直視したのだが、そこは鋼鉄の精神とどす黒い腹を持つ男。闇系を統べる男の不可解な行動を鼻で笑って一蹴した。ユーゼフはその態度を予測していたのか、すぐにいつもの心の見えない笑みを浮かべるのだった。そして、セバスチャンと睨みあう。冷戦が勃発する前触れである吹雪が吹き荒れ始めたところでデーデマンはなんとか意識を覚醒させたのだった。
「……そういえば、今日は誰と一緒に来たの? まさかピーターとは来てないでしょ?」
「あぁ。あの子を連れてくると色々と被害がねぇ……。今日はアルベルト君を連れてきたんだよ。彼なら秘密通路も通れるし」
 デーデマンが思い出したかのように、ユーゼフの補佐役が誰なのだと訊いた。すると、とたんにユーゼフは何処か遠くを見てたそがれてしまった。だが、すぐに視点をデーデマンに戻してニッコリといつもの笑みを浮かべて本日の執事役の名前を言った。
アルベルトはまったく同じ顔、同じ体型の兄弟であるロベルトを持つ。髪の分け目で判断するより他はないのだが、ユーゼフは雇い主だからなのか、はたまた二人の生みの親(真相は闇の中だが……。現在有力な説は『培養』。次点で『人造人間』)だからなのか。まったく違う人間を見分けるかのように二人を見分けるのだった。
「アルベルト君が一緒に来てるってことは、ピーターのお守はロベルト君なんだ」
「あぁ、その点は大丈夫だよ。ちょっと深い眠りについてもらってるから」
「……何やったのさ」
「ちょちょいっと魔術で」
 さらっと恐ろしいことを言うが、これがデーデマン家のお向かいさんであるユーゼフなのだ。そんなことで一々怯えていたら、デーデマンはそれこそ幼少の頃に発狂しているだろう。そこがデーデマンの凄いところなのかもしれない。IQが高いだけでも色々と人間不信に陥るだろうに、このデーデマンは既に達観しきって子供返りしてしまっているようなものだ。それが影響してか、短い間で身長までも小さくなってしまっていた。まぁ、きっかけはユーゼフの魔術なのだが。
「はぁ……。旦那様、そんな意味不明な方と付き合っていては色々と面倒です。さっさと部屋に向かいますよ」
「おわっ!」
 これ見よがしに溜め息をついたセバスチャンは、デーデマンの腕を取って足早に自分達が宛がわれた部屋に向かうのだった。デーデマンは予測していなかった力に、抵抗も出来ずに引っ張られていく。時折転びそうになるために、デーデマンの頭の中はセバスチャンに付いて行くことだけが支配する。それを知ってか、セバスチャンはひっそりと笑みを浮かべるのだった。
「やれやれ……、余裕がないねぇ」
 僕に嫉妬なんてして、と小さく笑った声を聞いたのは、これまた主と同じく降って湧いたアルベルトだけだった。





「せ、セバスチャン……。歩くの早いよ……」
「貴方がちんたらしてるのが悪いんですよ」
 そこそこ体力のあるはずのデーデマンは、コンパスの差というもので必要以上の速さで歩くことを強要されたために肩で息をしている。だが、その原因であるはずのセバスチャンは何処吹く風。デーデマン家で見せる悪魔の笑みを浮かべてデーデマンの文句を鼻で笑い飛ばしたのだった。しかし、執事としての仕事は怠ることなく、部屋を隅々までチェックし、不審な点がないか調べ、非常時の避難経路まできっちりと頭に叩き込む。それも、デーデマンに紅茶を入れながら。もちろん、茶器も茶葉も普段デーデマン家で使用しているモノだ。これで、少なくとも紅茶に毒が混入される危険も、茶器に毒が塗ってある危険も回避できる。出来るならば料理もセバスチャンが作ってきっちりとしたものを食べさせたいが、それでは主催者の顔を潰すことになりかねない。もっとも、今回のパーティーの主催者の顔が潰れようがデーデマン家に特に被害は無いのだが、面倒は嫌いなセバスチャンだ。余計な波風は立てたくないが故に紅茶のみに止めておくことにする。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……」
 セバスチャンが安全を確認した椅子に座ったデーデマンは、セバスチャンが差し出したカップを受け取ると、息を吹きかけ冷ましながら紅茶を口に含んだ。もちろん、この紅茶もきっちりと仕事がされていて、手を抜かれることはない。どんなに破天荒で溜め息の耐えない主だったとしても、執事であるセバスチャンにとっては使えるべき対象なのだ。デーデマン家でのセバスチャンの所業は、偏にデーデマン十世と十一世の寛大な心から来るものであるのだからなのかもしれない。他の屋敷だったらここまで素で主に接することは出来ないだろう。即首になっているはずだ。
 こんこん、とノックの音がした。だが、誰が尋ねてきたかとセバスチャンが問う前にその扉からぬっと人が這い出してくる。それに追従するように、もう一人も這い出てきた。
「ユーゼフ様……。一体何のようで?」
「酷いなぁ。デーデマンとお茶しに来ただけだよ」
 扉から人外の方法で入ってきたのは先程玄関であったバリゲルマンのユーゼフだった。ということは、一緒に入ってきたのはアルベルトということになる。
「ねぇ、ユーゼフ……。ノックしたなら招かれるまで待ったらどうなのさ……」
 呆れたように言うデーデマンに笑って見せたユーゼフは、椅子に腰掛けているデーデマンの傍に行くためにセバスチャンの横を横切ったときにちろりと視線を向けた。
≪ダメだよ。ここぞとばかりにデーデマンを独占しちゃ≫
≪さて、何のことやら≫
 ユーゼフの性質の悪い笑みにセバスチャンはニッコリと笑って返す。もちろん、その視線の温度は絶対零度と化している。二人の言葉は唇を介さずにオーラで交わされるために、デーデマンの耳に入ることはない。ただ、存在自体が人間か怪しいアルベルトは聞き取っただろうが……。
「セバスチャン。僕にもお茶を入れてくれるかい? もちろん、静岡県産の玉露で」
≪ふふふ……。二人っきりにはさせてあげないよ≫
「あいにく持ち合わせておりませんので」
≪ほざけ。だいたい、貴様に茶を振舞う気はさらさらない≫
「あれ、そうなの? じゃぁ、アルベルト君、お願いね」
 ユーゼフはデーデマンと向かい合わせになる椅子に腰掛けてアルベルトを振り返って言った。
「畏まりました」
 セバスチャンとユーゼフは口で会話しながらも、オーラでも会話する。もちろん同時進行だ。ユーゼフにお願いされたアルベルトは、何処からともなく湯のみに急須と茶筒、そしてヤカン(←何故)を取り出し慣れた手つきで日本茶を淹れたのだった。
≪今日も明日もこれからも徹底的に邪魔してあげるから≫
≪爺は爺らしく大人しくすっこんでいたらどうですか? あぁ、自分じゃ若い方のお相手が出来ないから他人の色恋に口を出すんですね? 最終的には馬に蹴られて死んでしまえ≫
≪本音がダダ漏れだねぇ。まったく、君達は二人揃って可愛いよ≫
≪とうとう目が腐敗を始めましたか。そのまま墓という名のご自宅に帰られたらいかがです?≫
≪お墓は面倒が多いんだよ。昔一度住んだことがあるんだけどねぇ……≫
≪この人外生命体がっ≫
 ユーゼフの豊富すぎる人生経験にはさすがのセバスチャンも叶わない。つまりは結果的に勝つことが出来ないのだ。だから、ユーゼフはいつでも何処でもデーデマンとセバスチャンの仲を引き裂こうとやってくるのだ。
 デーデマンは意味深に笑顔をかわしながら日常会話をするセバスチャンとユーゼフを面白くなさそうに見ているだけだ。カップに注がれた紅茶は既に飲み干している。それを見たアルベルトは、ティーポットを手に取ると程よい量を注いで自分も茶飲みを主に差し出したのだった。
「ありがとう、アルベルト君」
 ユーゼフに湯のみを手渡すと、ユーゼフはニッコリと笑って礼を言った。それに軽く頭を下げるとアルベルトは自分の定位置であるユーゼフの三歩後ろに下がったのだった。
「ねぇ、僕の存在忘れてない?」
「まさかっ! デーデマンのことは朝も夜も忘れないよ」
 傍から聞いたら恋人に囁く睦言のようだ。もちろん、セバスチャンにもそう聞こえているため、部屋の温度はぐっと下がる。だが、当のデーデマンはユーゼフの奇怪な発言にならされてしまっているために不快感すら抱くことはない。
「で? 本当は何しに来たのさ」
「……今回のパーティー、あんまり油断したらダメだよ。どうやら、君に取り入ろうと画策してるみたいだから、気をつけてね」
「ふーん? 何を企んでるのやら……」
 ユーゼフの忠告に何か思うところがあるのか、デーデマンは考え込むような表情で頬杖をついて考え込んだ。
「ま、行き着くところは自分の利益なんだろうけどねぇ。デーデマンは見目もいいから、本当に気をつけるんだよ?」
 可愛らしく(ユーゼフがして可愛いかは不明)首をかしげたユーゼフに、デーデマンはひっそりと思う。


そんな酔狂な人間居るとは思えないんだけど?
大体、居たとしてもセバスチャンかユーゼフが片付けちゃうくせに……


 セバスチャンとユーゼフの影の努力はほんの少しは報われているらしい。デーデマンがまったく気付かないように片付けようとしているくせに、裏系と闇系を支配する二人は何処か抜けているようだ。
そして、今回のパーティーではその『抜けている』部分が事件へと繋がるのだった。